障害者雇用の当事者として13年働きながら、同じ会社で人事・採用も担当してきました。
「辞めたい」と相談される側と、「辞めたい」と思う側。その両方の席に座ったことがあります。このブログは、その二つの視点から書いています。
これまでの道のり
23歳|社会人スタート(一般雇用)
普通に就職して、普通に働き始めました。このときは、自分が10年後に障害者手帳を持つことになるとは思ってもいません。
30歳前後|結婚、そして父親に
生活が変わりました。
仕事は徹夜も休日出勤もある、体力勝負の内容です。独身のときは何とかなっていたことが、家庭を持った途端に「この働き方をこの先も続けられるのか」という問いに変わりました。
答えが出ないまま、迷いと仕事のハードさが重なって、不安障害を発症しました。
30代前半|事務職へ転向。それでも続かなかった
働き方を変えようと、事務職への転向を決めました。
ただ、業界は未経験で実績もありません。会社を選べる立場ではありませんでした。入った先は、上司からのパワハラと、断りづらい勧誘が続く職場でした。
身も心もボロボロになって、うつを発症し、逃げるように退職しました。
30代中盤|立て直して再就職。それでも同じことが起きた
休養と通院で少しずつ体調を戻し、今度は別の会社へ。バックオフィスの業務をすべて少人数で回す部署でした。
仕事量のハードさに加えて、上の立場の人から下へ圧力がかかる環境。仕事にも人間関係にも疲れきっていました。
それでも父親としての責任感から、無理を重ねてしまったんです。結果、またうつを発症しました。
休職、そして入院
休職しても体調が戻らず、入院することになりました。診断は双極性障害。
このとき担当医から精神障害者保健福祉手帳の取得と、障害者雇用という道を紹介されました。これまで働いてきたような環境では同じことを繰り返す可能性が高い、それなら障害者雇用のほうが安定して、配慮を受けながら働ける可能性が高い、という判断でした。
一般雇用で3社。環境を変えても同じところで倒れる。私の場合、問題は会社選びではなく、働き方の枠組みそのものでした。
就労移行支援との出会い
退院後、病院の社会福祉士から就労移行支援に通うことをすすめられ、このとき初めてその存在を知りました。
3か月ほど通所して、フルタイムで働ける体力と、仕事の感覚を少しずつ取り戻しました。いま思えば、ここを飛ばして直接就職していたら続かなかったと思います。
休職から約1年後|特例子会社に障害者雇用で入社
そして現在まで、13年以上、同じ会社で働き続けています。
この間、総務・人事採用・店舗運用など、複数の部署を経験させてもらいました。採用担当として、面接する側にも座りました。
40代後半|入社13年目、もう一度崩れた
ここまで読むと「障害者雇用に移って解決した話」に見えるかもしれません。でも、そうではありませんでした。
10年以上の勤務で体調は戻り、いろいろな部署での経験が自信になっていました。気づけば、一般雇用で働いていた頃に近い業務量をこなすようになっていたんです。服薬を忘れることも増えていました。
長年安定していたという慢心が、たぶんあったのだと思います。いま振り返れば、双極性障害の躁の状態だったのかもしれません。
そこに家庭の事情と仕事の忙しさが重なって、今度はうつの側に振れ、戻せなくなりました。体重は10kgほど落ち、歩くのもしんどい状態です。正直に言って、復職できるのか不安でした。
このとき選んだのは、退職ではなく休職とリワークでした。休養に1か月、リワークに2か月、前後の手続きに1か月。合わせて4か月かけて復職しています。
復職のときに効いたのは、支援員のアドバイスで作った1枚のリストでした。自分の状態を躁・軽躁・平常時・軽うつ・うつの5段階に分けて、それぞれで出やすい行動と対処法を書き出し、上司と支援員に渡したんです。自分では気づけない変化を、周りが先に見つけてくれる環境ができました。
部署の異動と勤務地の変更にも応じてもらい、復職初日からフルタイムで働けています。
入って終わり、ではありませんでした。障害者雇用に移った後にも波は来ます。それでも辞めずに続けられたのは、休職・リワーク・異動という段階があったからです。この経験が、いまブログを書いている一番の理由かもしれません。
このブログで書いていること
制度の解説はどこにでもあります。ここで書きたいのは、その制度の中で実際に何が起きているかです。
- 特例子会社……給料、業務内容、キャリア、辞めたくなる理由。現職だから書けること
- 障害者雇用……採用担当が職務経歴書と面接のどこを見ているか
- 就労移行支援……事業所の選び方、通所のきつさ、リワークとの使い分け
- 求人・転職……転職エージェントと支援機関の実際の使い分け方
二つの立場から書ける理由
当事者としての実感だけなら、書いている人はたくさんいます。採用側の理屈だけなら、企業のコラムに書いてあります。
この二つが一人の中にあると、見え方が変わります。
たとえば「障害者雇用は仕事がなくて暇だ」という悩み。当事者としては自分の能力を疑ってしまう話ですが、採用側から見ると親会社から業務が切り出されていないだけという構造の問題だとわかります。
配慮事項の伝え方もそうです。「体調に波があります」では受け入れる側は何も想像できませんが、「疲れがたまると朝の立ち上がりが遅くなるので、始業を30分ずらせると安定します」と言えれば、相手は段取りを組めます。採用担当の席に座ってみて、初めてわかりました。
こういう「翻訳」を書ける人が、あまりいないと思っています。
最後に
このブログを読んでくださっている方の中には、いま職場で消耗している方も、辞めるかどうかを決めかねている方もいると思います。
私は挫折も、絶望も、焦りも、虚無感も通ってきました。あのとき欲しかったのは、励ましではなく、判断するための材料でした。
だから、きれいごとは書きません。辞めることをすすめもしませんし、我慢しろとも言いません。あのときの自分が読みたかったものを書いています。
配慮が「してもらうもの」ではなく、当たり前になってほしい。そのために、まずは目の前の一人が次の一歩を決められるように。
同じところで立ち止まっている方の、判断材料になれば嬉しいです。
運営者情報
| サイト名 | 障害者就職支援|KEN-3 BLOG |
| 運営者 | KEN-3(けん-さん) |
| お問い合わせ | お問い合わせフォームより受け付けています(準備中) |
| 広告について | 当サイトはアフィリエイトプログラムを利用しており、記事内に広告(PR)を含みます |
※ 当サイトの内容は運営者個人の経験に基づくものです。制度や支給の可否、医療に関する判断は、お住まいの自治体の窓口・ハローワーク・主治医にご確認ください。